不二稿京のニャンコ先生のおうち

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餓鬼

犬畜生と、人はよく言うが、その畜生のイノチを貪って生きているのが自分だと、忘れている

貪る心激しく、他のイノチと共生することも出来ず、畜生と侮って寄生する餓鬼

優れたイノチであるからではない、貪りの強さで繁栄したんだ人の文明って言われる社会は

未来、地球史があるなら、恐竜の力の時代から、餓鬼の貪りの時代と表記されたりして

そんな程度の生き物なのだと、思いだし

どんな生き物も支配したような地球の主ズラは捨てて

雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 雪ニモ 夏ノ暑サニモ負ケヌ 丈夫ナカラダヲモチ

イノチを貪ることで生きるしかない己のイノチに涙を流し 

懸命に生きる犬畜生に心打たれ












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この記事のコメント

私達生きものは、他の生命を奪って己の命に代えて生活、生長をしているのは周知の事実。
だから日本人は「いただきます」とモノを食する前にことわりを述べる。
このことわりは「事割り」であり「言割り」であり「理」でもある、最近は「糊塗わり」に近い。
物事のの理や非をわかって申し述べること。
本当はあってはならないのだけれど、そうしないと生命の持続が出来ないので致し方なくする事が人間等の食の本質。
「いただきます」は「(あなたの生命を私の生命に代えさせて)いただきます」が本当の意味。
人間なんて生物は所詮その程度のもの、と言ったら叱られるかも知れないけれど、頭脳があるだけ狡知になって始末に負えないのが現実だろう。
自分の理性・知性の範囲を逸脱するモノに対しては徹底的に排除しようとする前頭葉未発達の人間が如何に多い事か。
動物に対してもそう。
犬好き、猫好きいてもいいじゃないか?
いろんな動物がいてもいいじゃない?
でも、自分の嫌いな動物を弄んだり虐待したりする。
今日も、公園の私の可愛がっている、大好きな猫の前足からお腹にかけてナイフの様なもので切りつけた傷跡を見つけた。
恐らくエサで釣って近付いてきた所をやったのだろう、怒りで身体全体が痙攣する。
猫が嫌いなら嫌いで良い、放っておいてくれ、何故傷つけたり弄んだりする必要がある?
以前もお腹に至近距離からBB弾と言う玩具の鉄砲を撃った小中学生5人組がいた。
幸い発見が早かったので治療して事なきを得たけれど、人間等の生きものは「食」以外に他の生物の生命を奪うことは許されない。
本当はそれだって生命をかけてする行為なのだ。
にも拘らず、ちょっと己が強かったり高位にいたりすると下のもの、弱いものに対して強権を発揮する。
あってはならない事なのに平気で行われている。
また、それを阻止出来なかった自分が本当に無力で情けなく、残念でたまらない。
学校では人間の権利、人間の生命の大切さは教えるが、生命を持っているのは人間だけではない!
先ず生命の本質からきっちり学ぶべきだ。
人間は万物の霊長だって言った学者、宗教家、教育者がいたが、今、本当にそれが問われていると思う。長くてゴメン。




2011-06-01 Wed 20:56 | URL | トロンボーンのおじさん #-[ 編集]

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