不二稿京のニャンコ先生のおうち

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わたしの猫

 小学校の裏庭に手のひらに乗るくらい小さな痩せた子猫が二匹捨てられていて、
昼休み時間が終わるのに、途方に暮れて抱いている私からもぎ取られて、小川の向こうの草むらに投げ捨てられた。
放課後、探しに行った草むらには一匹だけが泣いていて、もう一匹は投げ殺されたのか小川に流されたのか姿が無い。
一匹生き残った餓死しかけた小さな猫はあまりの見苦しさで母の同情を買い、それからいっしょに寝起きする私の友になった。
 19になったの私は、田舎を捨てて上京した。わたしの猫を田舎に残して。東京の生活に流されていたある日、「おまえの猫はおまえが出て行った次の日、表の道で車に轢かれて死んだ。」と母から聞いた。帰らぬわたしを探していつもは出てゆかぬ表の道まで探しにいった?探しにいった?待っていたの?わたしの猫よ。
 それから数年、帰らぬわたしを待ちあぐねた母が、正月を一緒に過ごそうと東京に出てくるという。すると、母が来る前の晩、わたしは夢を見た。わたしは田舎の家に居てわたしの猫が精一杯顔を引きつらせてわたしにニッと笑った。猫が笑う顔は初めて見たと、夢の中でびっくりした。その朝起きると同居していた友人が言った「あんたの猫がこのアパートの前の横断歩道を、あんたのお母さんといっしょに歩いてくる夢を見たよ」
それから母がやってきて、夕飯をいっしょに食べているとポツリと言った。「あんたの猫が、ゆうべの夢に出てきて、いっしょに付いてゆくばいて言うたとよ。」
ああ、許せ。来れたの?来てくれたの?わたしの猫よ。捨てたわたしのところに。
 それからそれから長い時が経った去年のこと。知り合った能力者の青年にふと言われた。「人語を話せるほどに修業した猫が、天界に許しを得て白猫になってあなたのところに降りてきましたよ。」
そんなことがこの世にあるならなどとは思う間もない。ああ、わたしの猫が、来たのだ、とただ思った。死んでまでわたしを思ってくれるのか、わたしの猫よ。死んでまで淋しいわたしの友でいてくれるのかわたしの猫よ。死んでまでこんな愚かなわたしを守ってくれるのかわたしのわたしの猫よ、、、





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この記事のコメント

うっかり今朝、仕事前に拝読して・・・あたたかくて悲しくて、
遮光器土偶のような腫れまぶたで職場に出かけてしまいました。
不思議な能力は無いけれど、その猫は不二稿さんのそばに
いる、と信じます。
2010-02-25 Thu 22:27 | URL | のり #-[ 編集]
遮光器土偶のようなまぶたに・・、その顔が浮かんでダハハと笑い声をあげてしまいましたが、のりさんのやさしい気持ちと共鳴できたことが嬉しいです。ありがとごニャイます。
2010-02-26 Fri 16:55 | URL | 不二稿京 #-[ 編集]

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