不二稿京のニャンコ先生のおうち

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「首輪に電話番号あれば見つかりますよ、でも・・」

もう随分前の話だけど、その頃住んでいた家の脇の、外猫ちゃん用に置いてあるご飯場に、大きな若い犬が走り込んで来て、尻尾をフリフリ騒いでいた。綺麗なポインターみたいな犬で、ニャンコの餌を食べまくってはしゃいでいる。うちの猫先生たちは、ビビッて大騒ぎ。
これは迷子だな、と、首輪をしっかり見ようとするがはしゃいで暴れてなかなか難しい。出会ったばかりのワンちゃんだから私もビビッてるし。撫でまわして遊んで、ようやく見ると、首輪にうっすら消えかけた名前と電話番号が書いてあった。
ああ、良かったあ、と、電話すると、
「・・・何で、うちの電話を知っているんですか?」と、厳しい声が。「首輪に書いてあったのですが・・」「首輪に?あなた、どなたですか?」「あの・・、フジワラと申しますが・・」、「なんで、うちの犬がお宅にいるんですか」「だからあの、うちに飛び込んできたんです」「はぁ?!」「とにかく、駅前に連れてゆくので引き取りに来てください」
連れてゆくと、若い男女が私を睨みつけて立っていた。首輪に紐を繋いだワンコを渡すと、無言で受け取り私を睨み付けている。「じゃあ、お渡ししましたから」と、帰ろうとすると「何で、うちの電話を知っているんですか?」、「だからほら、首輪のここのところに書いてあったから・・」、彼らは首輪を確認して、「読めませんよ、これで分かったんですか?信じられませんね」「読めたんです、私には。それじゃあ。」「・・・・。」帰る私の背中にいや~な殺気が突き刺さる。振り返ると凄い顔して睨んでいた。私はもう、何も言いたくなくて、背中を睨み付けられたまま歩いた。
悔しくて悔しくてむかっ腹立って、忘れられない。

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「お金の話 2」

お金の話になると物悲しくなる。それは、私がタカリだと自覚しているからだ。
「公園の○○ちゃん、具合悪いみたい。見てやってくれますか?」とかって餌やりさんからメールが来る。
自分で病院連れてけば、と、思いながらも、何とか捕獲して病院に連れてゆく。病院代金は「お外の猫扱い」で安くしてもらう。
それからみなしご猫基金の友に電話する。「公園の猫の病院代が・・、でも、もう無いですよね・・」「あるわよ、取りに来て」

お外の猫の為のみなしご猫基金、しょぼい私は月に三千円しか振り込まない。残りは全部、友が入れてくれるお金だ。
障碍者の彼女は時々言う、「もう生きていたくないの」。全身が不自由で全身が痛む人だ。私はどんな言葉も浮かばずただ、曖昧に微笑み返すしか出来ない。痛みの人生から解放されたいという人に、「でも・・、猫たちの為に生きてましょうよ」と、残酷な事を言うしかないから。彼女が亡くなったら、私にこれ以上、外の猫たちを助ける力は・・無い・・よね、きっと。だって、当てにしているんだもの、きっと、彼女がお金を出してくれると。私はこの気高い友に、タカリをして猫たちのことをやっているんだもの。

愚か者の私は、自分の分をわきまえず、よその国の子供の養育費に月に五千円を振り込んでいる。後悔している。早く大人になってくれないかな、そしたら、その分もまわして基金に月に八千円・・とか考えたりする。その子の存在を邪魔に思ったりしている。・・・・ごめんね・・。

飯館村の捨て犬を引き取った、と、彼女に少しだけ報告した。心配するに決まっているから。案の定、「大変よ、犬はたくさんお金がかかるのよ」と言い始めたから、「よーし、頑張らなくちゃ、よーしよーし!」と、言葉を切って、電話も切った。彼女にはタカリタクナイ、それを当てにして引き取ったつもりはないから、と、自分に言い聞かす。
けれど、実際には、散歩ひとつ出来ていない。暴れん坊のチロの散歩は連れ合いの彼が引き受けて、朝夕公園を走り回っている。犬用フードも彼が買ってきた。私は、自分で勝手に引き取りながら、世話を彼にさせている。愚痴も文句も言わず、雨の日も風の日もチロの世話をしてくれるだろう。愚直と言えるほどの彼の一途さにタカッテ、犬の世話をさせるのだ。

この二週間、十人の方から、支援のフードが送られてきた。これから送りますね、という連絡も数名の方からあった。正直、目茶目茶有難い。けれど、後ろめたいのだ、有難いと思えば思うほど、申し訳ない気持ちになる。あさましく喜んでいる自分に気が付く。

私は、自分のわがままな生き方の為に、周りの人にタカリをして生きている。自分の分を越えて、思うままに、やりたい放題に迷惑をかけて生きている。 
人間に制圧された痛ましい命たち、人間に酷い目に合わされている悲惨な命たち、どうしてどうしてそんな悲しい命がこんなにもいるのだ
どうしてどうして私はこんなにもあさましく、ちっぽけなのだ
どうしてどうしてこんな私の周りに、気高い魂の人らがいてくれるのだ
どうしてどうして・・、イノチであることは悲しみと同じなのだ、残酷さと同じであるのだ・・

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「お金の話」

もう、7年も前、今の家に越してきてしばらくしたころ、ある日、近隣の愛護ボランティアさんたちから近所の公園の猫の捕獲を手伝ってほしいと言われた。私が猫の餌やりや保護や避妊手術をしていることを知ってのことで、どの子が未手術か教えて欲しいということだった。狙いの雌の子はすぐに捕獲されたが、近くにいた見知らぬ雄二匹も捕獲された。さすがに上手だと感心していたら「避妊手術の費用がおそらく4万円ほどになります。負担して下さい。」と言われた。ガ~~~ンと、凍り付いた。なんで私が?と、心の中で叫んだ、が、口には出来ず「ぶ、分割でお願い出来れば・・」と、泣きついた。何しろ、それまで自分が捕獲した子のことをやるだけだったので、他人様が捕獲しているのに呼び出され、病院代金を払うとは考えてもいなかったのだ。あなたの近所の猫ですから、と、言われても、なんかどうにも納得しがたくて不満が残ってしまった。貧乏な私には、突然の4万円は不可能な金額だ。今までの病院代金だって、先生の親切に甘えて、格安の上に、長い分割にしていただいていたのに・・である。そんなこんながあって、同じ志の友と知り合い、みなしご猫基金というのを立ち上げた。急な出費に困らぬように、積立しましょ、という基金。賛同者を募ったが、お金の話になると、誰も寄り付かない。しかし、可哀想な猫たちの、救援の話だけはいっぱいやってくる。貧乏なうえにけち臭い私は毎月三千円を積み立て、障碍者の友人は、自分の身体が思うようにならぬことでそのかわりにと、活動資金のほぼすべてを負担してくれている。申し訳ない。救援の話の時には、大体の人が、年に1000円からという基金の支援額に「年に1000円で良いのなら私も勿論、会員になります」と言われるが、どなたも、結局、忘却されてしまう。けち臭い私は、文句タラタラだが、友はこう言うのだ、「でもね、可哀想な猫の事を教えてくれたのだから、それで助けられたんだから、良いじゃないの、感謝しましょ」。そうですね・・。でもね、やっぱし思う、自分では手におえないかあら助けてやってくれと、持ち込んで来る時、せめて、フードの一袋、持ってくる気持ちはないのかぁ?だってさ、私に渡したら、肩の荷下りて、忘れてしまうんだもの。私はその日から、その子と長いこと色々ありながら、暮らしてゆくんだよ。しかしながら、友は言う「みんな、自分に出来ることをしているのだから」と。








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北田さんに紹介された次郎君が来た時の日記

次郎
今日からうちで暮らすことになった次郎君です。
ホームレスのおじさんと暮らしていた猫ちゃんなのだ。
下高井戸駅付近の甲州街道沿いに長いことおじさんはテントを張って暮らしていた。
仕事の行き帰り、そこに痩せた白い猫がうろちょろしているのを見かけていたので、
ある日、おそるおそるテントを覗いて声をかけてみたのだった。
警戒して押し黙っているおじさんの前に猫の缶詰めを差し出して、
なるだけ穏やかに「猫ちゃん可愛いですねぇ」などと懐柔工作。
それから何度か缶詰やカリカリを届けていたうち、
猫仲間のお友達もそこに通って面倒みてらっしゃることを知り、
仕事も変わって、そこを通らなくなってすっかり遠ざかっていた。
今日の昼、久しぶりに通ったら、テントは無く、布団が雨の中に積まれていた。
去年の暮れ、テントが壊れて、もしかしたら誰かに壊されて、
そうだよ、だって、昼間は寝ていてぐだぐだに見えても、夜中にリヤカー引いて、
空き缶集めて働いていたんだ、留守の夜中にやられたんだきっと・・
布団だけで暮らしていたと、おじさんは二週間前に亡くなったと、今日、知った。
テント無しで、雪の降るこの寒空で、次郎君を抱いて一緒に耐えていたんだ。
二週間ぶりに「次郎っー」と、呼ばれた次郎君は遠くから聞きつけて、
わあわあ泣きながら走って来たらしい。
ガリガリだった次郎君は、餌をいっぱいもらって、でっかくなっていた。
今、見知らぬうちに来て、しょんぼりしている次郎君、
元気になあれ 元気になあれ。



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脚の千切れた子猫


この国の人間の頭の暗さは憎悪すべきほどだ
この国の行政はあまりに愚鈍だ
線路脇に蹲っていた足の千切れた子猫が千葉の動物愛護センターに収容された
手当のための引き出しも収容期限を過ぎるまで許されず
里親も税金での運営だので、千葉県民に限るという
協力者の手をたどり、今週末に私のニャンコの家に来るはずだった
けれど
この子は昨日 冷たい檻の中でひとりぼっちで死んでしまいました 助けられませんでした 
死ぬよ だってそうだろ足が千切れてるんだ お前だって死ぬだろ 動物愛護センター?何を愛護してるんだよ 人間に不要になった動物を処分するためだけの施設だろ だって手当もさせないじゃないか 
千葉の遅れ方は異常ですか?どこでもそうですか?
こんな頭の暗い人間たちと生きてゆくのはもう嫌です


脚の千切れた子猫

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福ちゃん幸ちゃんの新しいおうち


飯館村から来た福ちゃん、幸ちゃんは、沈黙のまま、いつも寝床にこもっています。音の無い無人の村で狭いゲージの中だけで生きてきたのだな、と、しみじみ痛々しいです。そこでゲージ暮らしの空間を少しづつ広げてあげようと、部屋の中にスペースを作ってゲージの扉を解放しました。すると、私が一階に降りると二階からドタンバタン、上がって見ると、ガサガサ・・シーン。の繰り返し。だるまさんが転んだ状態です。でも、はしゃいで駆け回っているんじゃないかな~と思います。もっともっと駆け回って元気になあれ!!20131216083443.jpg
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六匹の黒猫ちゃん


我がニャンコ先生のおうちには、今、6匹の黒猫ちゃんが居ます。一枚目がクロミィ(12歳)二枚目がクロ(推定7歳くらい?)三枚目がシロ(推定11歳?)四枚目がクロコ(推定3歳くらい?)五枚目が飯館村から来たフクとコウ(2歳くらい?)みんなそれぞれ大変な目に合って、うちにやってきました。まず、クロミィは、お母さんのサビ猫と一緒に大学の裏庭にいました。たまたまいつもは通らぬ道を自転車で通り過ぎた時、目の端に、真冬の寒さの中で板の下に縮こまった猫の姿が。即座に引き返して見ると、痩せこけた子猫が2匹。病院に運ぶと子猫ではなく、餓死寸前の大人の猫たちでした。お母さんサビ猫の尻尾は、大学の大扉にでも挟まれたのか、ぐじゃぐじゃに折れ曲がって固まっていました。幸せいっぱいになるようにサビは福ちゃんになりました。でも、去年、顔に大きな癌が出来て、かぼちゃのような顔で最後まで一生懸命ご飯を食べながら、死んでゆきました。クロミィはまだまだ頑張って我がまま言って暮らしています。2匹目のクロは、餌やりさんからの助けてコールで引き取りました。いつもご飯をもらっているという場所にゆくと、目の前の家には何枚も「猫に餌やりしている馬鹿を見つけたらただではおかないぞ」などなど脅迫文が貼られていました。その日から、うちの子になりました。三枚目のシロちゃんは、公園の餌やりおじさんから預かりました。お腹がパンパンに腫れてオシッコも出なくなっていました。膀胱が機能していないと言われ、このまま病院で死ぬまでおいておけないと言うことで、うちにやってきました。同居人の茶太朗君が毎日点滴をしてくれていて、随分元気回復してご飯もよく食べています。4匹目はつい先週のはじめに来たクロコで、認知症の進んだおばあさんの家で、ずっと泣き続けているので何とかしてくれという近所の声に、ヘルパーさんから私のところに電話がかかってきて、捕獲してきました。まだまだ怯えているので、本棚の下のスペースで引きこもってます。そして最後の2匹は、先週末に飯館村から来た子たちです。幸せになるように、福ちゃん、幸ちゃんと呼ぶことにしました。人の温もりをを知らないで狭いゲージの中で生きてきたので、ずっと、寝床に隠れていますが、明日、もっと広いゲージを作って、すこしずつ世界を広げてあげようと思います。クロミィ
クロ
シロ
黒子
ふく こう

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