不二稿京のニャンコ先生のおうち

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おせっかいしろ

小さな子供が駅のホームを泣き叫びながらおろおろ走り回っていても、微動だにしない赤の他人連中。どうしたんだろう?心配にかられてその子を追いかけるフジワラは鉄面皮の連中の中で異常なおせっかい者として浮き上がる。そう言えば、「どうしたんだろう?子供が泣いている。」とフジワラが身を乗り出したその時、そばにいた若い女性は「さぁ?」と関心無さげに首をかしげただけだった。それが普通の大人か。くだらねえ。おっせかいしろよ、恥かいても、嫌われても。それで何事もなければただのおせっかいで済むんだ、腰抜けども。そうだ腰抜けどものくだらない無責任さが、馬鹿親のいじめ殺しを見過ごす。悪いことや酷いことは起きないだろうと思いこむ逃げ腰の無責任さよ、後悔しても取り返しはつかない。そんな奴は責任逃れしてたいして後悔さえも出来ないか。児童相談所やらの会見を聞くたび、反省さえも逃げ腰の保身の姿に胸がムカつく。
ああ、そうしてそうして可哀そうな可哀そうなあの子たちに心が震える 可哀そうに 可哀そうになぁ
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