不二稿京のニャンコ先生のおうち

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恥ずかしがる

ゴミ屋と自分らを呼ぶおっちゃんらがいる。フジワラも紅一点その仲間で。皆、愛想よく明るい現場だ。けれど、外への顔は人生色々だ。ある昼どき、なかでも気難しいおっちゃんがこぼしてた「こんな仕事若いうちからやるもんじゃない、俺だって親戚にゃあ言ってない、ゴミ屋やってるなんて恥ずかしくてよ」
自分だけ恥ずかしがってろよ、なんてこと言うんだおっさん、とフジワラは自分まで恥ずかしがられたことに嫌な気分になった。確かに汚れる。他人の捨てたゴミさ。けどやましい仕事じゃないぜ。立派なもんさ、人間どものゴミを片付けてんだ。恥ずかしがってるお前の偏見を恥ずかしがれよ。
 
ところが・・
フジワラが紹介してこの春からゴミ屋になった仲間の一人に、親から「元気にしてますか、仕事は見つかりましたか?」とメールが来た。正直で律儀な青年はそこで嘘をつくしか出来なかった。ゴミ屋の仕事を隠した。なぜ?  世間に恥ずかしがってるわけじゃない、親への想い、心配させたくない・・・ああ、そうだね、そうだ分かるよ、フジワラだって、まだ子供が小さかったら、子供のために恥ずかしがったよ。そうだね。
人は社会や家族に向かって色々恥ずかしがる、仕事や身なりや自分の容姿や、自分のつれあいさえ。

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