不二稿京のニャンコ先生のおうち

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怪人二十面相に涙す

今、芝居をやっている。寺山修司の初期の作品「ガリガリ博士の犯罪」。不勉強のフジワラが思う、寺山さんのこれは原点つまりカルトの作品だ。尖った水晶のかけらのような言葉が乱立している。混濁は切ない絶望的な望みを怪人二十面相の誕生にまで膨張させ慟哭させる。わたしはその痛ましい青年の背中に涙する、許された場所を知らない少年寺山の震える肩に涙する。
そして怪人二十面相は叫ぶ、寺山のタマシイとわたしらの肉体をつかって「 ここは どこだ、まだどこでもないなら 俺が名づけてやろう おまえは誰だ まだ誰でもないなら 俺が名づけてやろう。 生きるというのは化けること。 お父さん 聞いておどろくな 僕は今こそ 怪人二十面相の正体を見せてやろう 」。
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