不二稿京のニャンコ先生のおうち

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恥ずかしがる

ゴミ屋と自分らを呼ぶおっちゃんらがいる。フジワラも紅一点その仲間で。皆、愛想よく明るい現場だ。けれど、外への顔は人生色々だ。ある昼どき、なかでも気難しいおっちゃんがこぼしてた「こんな仕事若いうちからやるもんじゃない、俺だって親戚にゃあ言ってない、ゴミ屋やってるなんて恥ずかしくてよ」
自分だけ恥ずかしがってろよ、なんてこと言うんだおっさん、とフジワラは自分まで恥ずかしがられたことに嫌な気分になった。確かに汚れる。他人の捨てたゴミさ。けどやましい仕事じゃないぜ。立派なもんさ、人間どものゴミを片付けてんだ。恥ずかしがってるお前の偏見を恥ずかしがれよ。
 
ところが・・
フジワラが紹介してこの春からゴミ屋になった仲間の一人に、親から「元気にしてますか、仕事は見つかりましたか?」とメールが来た。正直で律儀な青年はそこで嘘をつくしか出来なかった。ゴミ屋の仕事を隠した。なぜ?  世間に恥ずかしがってるわけじゃない、親への想い、心配させたくない・・・ああ、そうだね、そうだ分かるよ、フジワラだって、まだ子供が小さかったら、子供のために恥ずかしがったよ。そうだね。
人は社会や家族に向かって色々恥ずかしがる、仕事や身なりや自分の容姿や、自分のつれあいさえ。

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沖縄 慰霊の日

心に蓋をしてやっと息をしていられる。
心の瘡蓋をそろそろなでながら忘却のそぶりでやっと生きのびる。
ああそうだ、色々あるから言わないんじゃない。やましいことを隠すから語らないんじゃない。
そんな当たり前の人の心の苦しみをあらためて知る浅はかなこのわたくしよ。
50年も60年もたたねば、触れることも出来ない地獄にさらされた皆さん、あなた、おーい、あなたよ、あなたよ

この世界で苦しむ命が少しでも少しでも少なく

虐待される命が少しでも少しでも少ないように






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ポイ捨て煙草野郎がぁ!

煙草を道に捨てるなよ、自分で喰っちまえ。
どんだけ毒か知らない脳なしどもめ。

昔、横着な役者仲間がフジワラの飲みかけの缶ジュースを灰皿代わりにしやがった。
一口飲んだ瞬間に吐いたが、猛烈な痛みが喉を焼いて腸の中が空になるまで何時間も嘔吐が止まない、内臓まで出てしまうかの激痛にはらわたをよじらせた。

雨が溜まればそれを命水にする鳩やカラスや野良猫がいるんだ。毒の浸み込む土の中にはミミズやおけらが生きてんだ。排水溝の中だってどぶねずみが必死でで生き延びてんだ。でかい面してのうのうとはびこってる大嫌いな大嫌いな人間どもめ、煙草を捨てるなよ、お前が食えよ。

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怪人二十面相に涙す

今、芝居をやっている。寺山修司の初期の作品「ガリガリ博士の犯罪」。不勉強のフジワラが思う、寺山さんのこれは原点つまりカルトの作品だ。尖った水晶のかけらのような言葉が乱立している。混濁は切ない絶望的な望みを怪人二十面相の誕生にまで膨張させ慟哭させる。わたしはその痛ましい青年の背中に涙する、許された場所を知らない少年寺山の震える肩に涙する。
そして怪人二十面相は叫ぶ、寺山のタマシイとわたしらの肉体をつかって「 ここは どこだ、まだどこでもないなら 俺が名づけてやろう おまえは誰だ まだ誰でもないなら 俺が名づけてやろう。 生きるというのは化けること。 お父さん 聞いておどろくな 僕は今こそ 怪人二十面相の正体を見せてやろう 」。
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