不二稿京のニャンコ先生のおうち

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殺すということの報い・・・

私は母一人子一人で寂しく育ったが、生き別れの父は、自分が捨て子同然の人だった為か、幼い私をたいそう可愛がってくれたらしい。
左官職人の父は、大抵の職人がそうだったように、週末には必ず散弾銃を手に、仲間と山へ遊びの猟に出かけていた。
ある時、父が山に入ろうと村を通りかかると、赤子を背負った村の女が居た。
すると眠っていたその赤子が突然、火がついたように泣き出した。
「ああ、今、父ちゃんが、獲物を撃ったとばい」と、村の女は言ったという。
「父ちゃんが、獲物を撃ち殺すたびに、この子が泣くけん、分かります。」
父は、そのまま、猟を止めて家に帰り、銃を処分したと聞いた。
「俺が殺生するとが、我が子にかえるかもしれん。怖ろしか。」
以来、山の猟も海の釣りも、遊びの殺生はすべて止めたという。
私の為に、一瞬も迷わず、唯一だったろう楽しみを捨ててくれた酒も飲まない父。
父親を知らずに育った私の、少ない大事な父の記憶の一つだ。
1/20猫
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この記事のコメント

あなたの中の愛の記憶が種になって、多くの命に愛が注がれていることが、尊いです。涙が出て私も自分の愛された記憶を思い出しそうになりました。このページに出会えたことに感謝します。
2014-02-22 Sat 05:23 | URL | sakiko nakagawaw #q723Adks[ 編集]
中川様、
私は子供の頃、自分が誰かに大事にされていると思っていませんでした。誰の子供でもない、天涯孤独の気持ちで早く大人になって幸せになるのだと、耐えていました。それでも、こうして振り返ってみると、確かに私の為にいてくれた人がいたことに気づきます。羨んだ世間の子供たちのように、私にも、愛情を抱いてくれていた親がいたのだ、と。有難いです。
2014-02-22 Sat 14:57 | URL | 京 #-[ 編集]

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