不二稿京のニャンコ先生のおうち

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

「小さなやさしさが救うもの・・」

新聞の集金人をしていた頃、嫌な目に随分あった。 サービス品を欲しがるおばさんにずっしり札束の入った財布を見せられ、 「隣の〇〇新聞は毎月、洗剤持ってくるのよ、何もって来た?」 「契約更新の場合しか洗剤とかは・・」 「あ、そ、じゃあ、明日集金に来て。今日は払いたくないから」札束びろ~ん。 「あのねぇ、読んだんでしょ新聞。代金払うのは当たり前ですよ。」 「な、な、な・・・!!絶対払わないよ!新聞替えるよ!」 「それはね、泥棒っていうんですよ!」 「ナ、ナ、ナ、・・フギャアフギャア!!!!」・・店に帰って怒られた。 ある日、指定の時間に行って、出て来ない家があった。よくあることだ。 暗くなって再び行くと「来て、と言った時間に何故来なかったのよ!」 「伺いましたけど、出て来られなかったんですよ」 「嘘つかないで!居たよ!ギャアギャア・・!」と物凄く罵られ嘘つきにされた。 怒りの気持ちを抱えたまま、次の家のブザーを押した。どうせまた、怒鳴られる。 私の顔はきっと、暗く歪んでいただろう。開く扉の向こうに憎しみを向けていた。すると、「あら、ごめんなさいね、こんな暗くなって来てもらって。私が昼間、留守にしてたからなのね。」驚いた。やさしい声だった。 私は引き攣った顔を何とか微笑ませて「いいえ、こんな遅く伺いまして・・」 「ごめんなさいね、来てくれてありがとう。」 怒りで黒く固まっていた心に、やさしい声の一滴がしみ込んで溶けていった。 怒りは連鎖してゆく。私はこの優しい人の家のベルを怒りの心で押していた。嫌な声で「新聞の集金です。」と言った。それなのに、そのやさしい声は黒い淀みを溶かしてくれたのだ。やさしさのひとかけらがどす黒い怒りを溶かすと私は知った。 やさしい涙の一滴が、悲惨な血だまりを清らかにしてゆく一滴だということ、 希望とは、救いとはその一滴を信じることだと、知ったのはそれからだ。
スポンサーサイト
未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

「手紙」

小学六年の時、クラスのわんぱく男子二人からから手紙をもらった。
「おれたちは、ふじわらのこと 大好きだ」
その頃、私は無表情で口を利かない子供になっていた。
生まれついてのお節介な私は、クラスの友達らが、勉強で付いて行けないことが心配で不安で、しつこく質問を繰り返していた。先生にはそれはきっと、目立ちたがり屋の子の自己顕示に見えたのだろう。
とうとう「ふじわら、お前と授業してるわけじゃなか!」と、先生に
一喝され、それから、すべてを完全に無視されて、いつの間にか、笑わない喋らない、心が奥の方に潜んでしまった子供になっていた。
ある放課後、男の子達がふざけて投げつけた泥玉が目に当たった。
目に入り込んだたくさんの泥を洗い流している霞んだ向こうに、先生に怒られながら、泣きそうな顔で私を見ている男の子らが見えた。
手紙は、その後、届いた。私は、名前入りで大好きだと書いてきたその手紙の勇気に驚いた。すぐにでも皆に知られ、からかわれ、笑われる、そんな恥ずかしさを捨てて、私の為に書いてくれた手紙。友情の手紙。
きっと、あの泥玉も、私に何かを言いたくて届けたくて投げつけたんだ。
次の日、学校で笑っている自分に気づいた。あんなに心が遠かったのに、笑えている。そして、嬉しそうに恥ずかしそうに不安そうに男の子らが、チラチラ見ながら大ふざけして遊んでいた。
PA190493.jpg

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

「人を率いること・・」

常に人を率いて何かをやっている私だけど、
集団を率いて盛んにまとめること、私には全く不向きだ
何故なら集まる者に「教えるものは何も無い」だの
「生まれ直して来い」だの、平気で言うから
けれど、ごく稀に、そんな私から離れてゆかぬ者がいる
そういう者は、私の生きる様子をただ見つめて黙って傍にいる
私の様々な指示を信じて無理難題の我儘についてきてくれる
しかし、そういう者はすでに私より強く純粋で、
激しく危うい私の生き方を受け止め支えている
触れなば壊れるもろさの私がギリギリ生きておられるのは、
私が人を率いているのでは無くて、そんな支えがあるから・・
無謀勝手な不二稿京を生かしてくれているから・・・
PA160517.jpg

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

天使

九つの頃の私は、大人の顔色を見て生き抜く、ずる賢い子供だった
私を出来損ないのクズだと思っている母が、家庭訪問に来た担任に
「こがん、天使のごたる無邪気な子はおらんです」と言った
私は、大人を騙せていることに安堵した しめたと思った
だけれども、その言葉に動揺する自分を隠すのにいっぱいになった
私にそんな良いところがあると 誰かが言ってくれたことが
心底身も心も震えるほど嬉しかった 
自分も人並みになれるかという希望が頑なな私の依怙地の心に灯った
何があっても母を守るのだという戦闘心が炭火のように熱く熱く灯った
子供時代という悪夢の世界を生き抜いて、大人になることへの希望の灯がはっきりと灯った
PA160489.jpg

未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |

「この世の不思議・・」

さっき、フェイスブックで不思議な動画をシェアした
トラックに轢かれる瞬間の荷台を引くバイクを両手で掴んで、瞬間に移動する女性を、交差点の監視カメラが写していた。
本物?トリック? 私は、本物のように思えて胸の鼓動の高鳴りが収まらないのだ。
昔、私もいくつか不思議な体験をした。
一番驚いたのは、私の息子が目の前で、ホームに入って来た電車に駆け寄り、電車とホームの隙間に落ちる瞬間を見たことだ。
あの時、小田急線のホームの壁際に、旦那と息子と三人で立っていた。
「間もなく電車が参ります」と、点滅する掲示板を見上げた。すると、タッタッと息子が駆けだした。そして、あっと、思う間に、入って来た電車とホームの隙間に落ちたのだ。
私は驚愕し震えあがって身体が硬直した。
すると次の瞬間、「間もなく電車が参ります」とアナウンスが聞こえ、掲示板が点滅しているのに気付いた。ハッと我に返って脇を見ると、息子がいる。しかし、その途端に、息子はタッタッと駆けだしたのだ、つい今見たそのままに、入ってくる電車を目がけ。
私は硬直した身体のまま、叫んだ、「落ちた!落ちた!」と、駆けて行く息子の背中に。
横にいた旦那はわけの分からない顔をして役に立たない。
私は渾身の力を振り絞って、重力を跳ね返すようにして、かじかんだ身体を動かし、ホームの隙間に落下しつつある息子に追いつき、その襟首を掴んで引き上げた。
何秒の間のことだったろう。
直前に見た光景は、何だったのだろう。
この世界は、宇宙は、時間は、一体どうなっているのだろう。
誰が、あの危機を見せてくれたのだろう。
そして、見てしまった危機を乗り越えるには、もの凄い重力・時間力のようなものに抗う、命がけの爆発力が必要なことも知った。
世界は不思議なことに満ちている、底知れぬ未知の可能性が存在している。
そして同時に、救われぬ陰惨な苦しみの中にさらされている命があるという地獄が存在する。どうか、世界のまだ見えぬ不思議な可能性そのことが、哀れな悲惨な命について、救済の未来が待つ、可能性の光であるように心から願う。
未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME | NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。